「相手と関係する」という事の奥深さ

こんにちは加賀山です。いつもブログをご覧頂きありがとうございます。

今日は「明鏡塾」という医療従事者向けの勉強会に参加してきました。

「明鏡塾」では何か特別なテクニックを教えてもらうワケではなく様々なワークの中で「相手」に「触れる」「伝える」「聴く」を繰り返しながら「相手と関係する」というコトを徹底的に学ばせていただきました。

体験した今だから実感しているんですが「いやいや人に触るのも伝えるのも話を聴くのもできてるし」と普通は感じてしまうと思います。(僕自身そうでした笑)

でも、実際には全くというくらい触るコトも伝えるコトも聴くコトも出来ていませんでした。

もちろん「物理的」には触れていますし声をかけるコトも相手の話の内容を理解するのも可能です。

ただどれだけこちらが丁寧に触る、伝える、聴くをしてるつもりでも相手の方が「きちんと触れてくれている」「伝えてくれている」「話を聴いてくれている」と感じていなければそれはただのひとりよがりや価値観の押し付けになってしまいます。

つまり相手がこちらのやってるコトを感じとって貰えてない時点で「相手との関係」を築けていないんですね。

「じゃあどうすれば相手との関係を築いていくことが出来るの?」というコトですが残念ながら唯一無二の正解はなくワークを通じて相手の反応や感想を手がかりに自分で見つけて行かねばなりません。

まさか自分がこんなにも「相手」に「触れる」コトも「伝える」コトも「聴く」コトも出来ていないとは( ;´Д`)

例えばうつ伏せの相手の背中を触り、触られたかどうかを相手に判断してもらうワークでは

「コレどうやって触ればいいんだ?」と考えた途端、触るコトに躊躇してしまい遠慮しがちな触り方になっていたみたいです。

ただそういう自分の迷いや意識というものは必ず相手に「違和感」として伝わっています。

そんな違和感を医療従事者側が与えてしまうと患者さんとの関係性も築けないし患者さんの「治ろう」とする力も妨げるコトになってしまいます。

そんな無意味の内に与えてしまっている「違和感」にどれだけ氣付くコトが出来るか

その為にはどれだけ自分は何が出来ていないのかを見つけていく必要があります。

変に相手を氣使って「出来てます」と言ってしまえば「そうか!出来ているのか」と相手の成長も止まるのでお互いに必死で感覚を研ぎ澄ませながらワークは進みます。

結果ではなく今の課題にどう取り組んでいるか

頭で理解するよりきちんと相手に向かいあえているか、相手の意思を受け取れているか

自分の感覚を妨げているものは何か

出来ない自分に氣付くのがスタート、混乱の中に「どうしたら」と試しながら感覚を研ぎ澄ませていく

など医療や仕事だけでなく日常の人間関係や生活にも繋がるコトを教えて頂いた今回の勉強会

最初に比べたら明らかに感覚が研ぎ澄まされましたし、ワークのパートナーさんからも変化をフィードバックして貰えました。

今回の感覚を手がかりに日々の生活から自分の感覚を研ぎ澄ませていこうと思います。

しかしコレだけ何も出来ないならいくらでも伸び代があるなぁと笑

相手にキチンと「伝える」コトが出来るようになると挨拶1つで身体の状態も変わってしまいます。

まだまだ今の僕では未知の領域ですがいつかはたどり着くと信じて、身体の感覚はモチロン心や人間関係も追及に終わりはありませんね!

明鏡塾の皆様、本当にありがとうございました。

今後身体や人間関係に関する勉強会を開催したり勉強会での宿題で氣付いたコトもシェアしていくので楽しみにしていてください。

それでは今回はこの辺で、最後まで読んで頂きありがとうございました。